溜まったギターネタ(その他2)2010/04/03 11:23

今出ているGuitar Dreamの号に、尚美の後輩である樋浦靖晃君のインタビューが出ていて(実は私が、「彼にもインタビューしてみたら」と言ったのだが…)、付録CDにダウランドの《ファンタジー》が入っている。早速聞いてみたが、やはり彼のルネッサンス・バロックは面白い。この曲は割と聞く機会の多い曲だが、こういう風に弾かれると、ギターでダウランドを弾いて良かったと思える。彼にはもっともっと、この時代の曲を弾いて欲しいものだ。

ギタリストは既存曲の少なさからか、あらゆるジャンルの曲を弾く人が多い。確かに「私はロマン派が得意だから、それしか弾きません」と宣言したら、あっという間に弾く曲が無くなりそうだ。それでも、特定の時代様式、または特定の作曲家の演奏に特化した人が、そろそろ出て来てもいいと思う。

ところで少し前、テデスコの《ソナタ》のここの和音をマイナーで弾いているプロギタリストが何人かいるけれど、一般的な楽譜通りのメジャーの方が正しいのでは、という話があった。これは難しい。いろいろな要素を考えると、このFaがナチュラルになって、マイナーの和音になる可能性は捨てきれない。しかし総合的に考えると、ここはシャープにした方が、全体的な整合性が良いし、センスも良い。

ここをナチュラルで弾いているプロギタリストは、直筆譜でも参照したのだろうか。ただ、いつも直筆譜が正解とは限らない。ある音が間違いかどうかは、和声、作曲法、その作曲家の作風の理解、美的センスを総動員して判断するべきだろう。ただこの箇所は、テデスコがナチュラルで書いて、セゴビアが彼の美的センスで(実際それはかなり信用出来るものだと思う)シャープに直した可能性もある。

こんな感じの、楽曲間違い分析セミナーをいつかやりたいものだ。和声の基礎からはいって、後は実例を見ながら、様々な角度からそれが間違いかどうかを検討する。つい最近も、シューベルトの《美しき水車小屋の娘》の伴奏譜を練習していて、ここは間違いだろうという箇所があった。そしてつい、他人にそれが間違いだと説明するとしたらどうするだろうか、と考え込んでしまったものだ。

ということで、今度こそ溜まったギターネタは終り?
ふー、なんだか一仕事終えたような気分。。。