東京国際ギターコンクール 結果2005/11/27 19:45

昨日、今日と、朝から夕方までずっとコンクールを聴いていた。東京国際ギターコンクールは初めて聴いたのが20年くらい前。その頃は「国際」の二文字はついていなかった。それが国際になってから何年目になるのか、だんだん本選に行く外人勢が多くなり、今年はついに日本人がいない本選会となった。

ちなみに予選を聴いていて唯一日本人で惜しいなと思った人は谷辺昌央さん。この人はぎりぎりで本選出場もあり得たかと思う。

さて、本選の結果は下記のようになった。括弧内は私の予想だ。

1位 Meng SUー中国(2)
2位 Jan DEPRETERーベルギー(1)
3位 Artyom DERVOEDーロシア(4)
4位 Samuel T.KLEMKEードイツ(6)
5位 Edward TRYBEKーアメリカ(5)
6位 Laura KLEMKEードイツ(3)

本選出場者の選考に関しては全く納得のいく内容だったが、本選結果はかなり予想と違った。でも一位と二位の逆転はそれなりに予想できる範囲だった。一位のMeng SUさんは課題曲がすごく良かったのだ。実はこの演奏に私は一役買っている。今回の本選課題曲は人の感覚を無視した音列的な曲で、私と友達もこのコンクールを受けていたため、とりあえずパソコンで理想の演奏を録音してみた。この手の曲は人間ではなく機械が演奏するのに向いている。そしてたまたま今回の中国の人に絡んでいる友人がいた。その友人が家にきたときこの録音を聴いて、SUさんに渡したいから一枚CDをくれと言われたのだ。今日すべてが終わってから聞いたところによると、彼女はこの模範演奏を毎日聞いていたらしい。彼女の課題曲はほぼパーフェクトな仕上がりだった。

終わってからJanさんに、課題曲で差がついたと思う、それにこの手の課題曲はタイプではないのでは、と言ったところ、彼は反論してきた。この手の課題曲で彼は7つのコンクールを制覇しているそうだ。さらに今回、野呂武男氏のこの曲をやるにあたって、彼は日本の伝統的な音楽からアプローチし、尺八的な要素も含んだ解釈をしたとのことだ。とはいえ、この手の無機的な曲にそういったアプローチはどうなのかとも思ったが、それに関しては言わないでおいた。基本的に彼は「このコンクールは自分に一位をあげる気がないのだ」と憤慨していた。

実は審査結果が出るまでホールで出会った知り合いに皆聞いてみたのだが、全員Janさんが一位になると思っていた。それでも二位だったのは課題曲やバッハの独特な解釈のせいかと考えていたところ、それはそれで要因となるだろうが、さらに別の大きな要因があった。

課題曲に重みを置く審査員もいたが、全体として考えると課題曲はそれほど重要ではなかったと見える。なぜなら、課題曲を忘れてしまい、一曲目を途中から三度繰り返したあげく、残りを弾かずに二曲目に移ってしまった人がいる。ところがそのSamuelさんはしっかりと4位に入ったのだ。Janさんの敗因は、彼が好演し、全部の演奏が終わっていないにもかかわらず観客席から拍手が起きたトロバのソナチネにあった。これが、ある二人の審査員に対して致命的な演奏だったようだ。この二人、濱田滋郎さんと鈴木一郎さんだけ、Janさんを最下位につけている。

ちょうど会場でギタリスト小川和隆さんが鈴木氏に詰め寄っていた。なぜJanさんが最下位なのかと。その会話をまとめてみると、鈴木氏はこう考えているようだ。ただ、ここに書くのはあくまでその会話から私が得た私感であって、鈴木氏の公式見解ではない。

○コンクールでは作曲者の意図を反映させた演奏であるべきだ。
○コンクールにはそれ相応の難しい技術を必要とする選曲が必要だ。

セゴヴィアから直接トロバの解釈を聞いてきた鈴木氏にとってJanさんのトロバはトロバ風ではなくJan風で、完全にNGだった。さらにソナチネは易しすぎるため、それを見事に弾いたからどうした、という気持ちがあったようだ。

もう一人、Janさんに最下位をつけた濱田氏もきっと似たような思いを持ったのではないだろうか。

そう言われてみると確かに納得はできる。コンクールと一般の演奏会では基準が違っても仕方ないのだろう。しかし、一位を逃したとはいえJanさんの演奏が参加者の中で一番すばらしかったと私は思っている。今回初めて直接話す機会を得て、火曜日のベルギー大使館での演奏会にも誘ってもらった。彼の演奏会を聴くのは、どんな有名なプロの演奏を聴くよりも楽しみだ。実際彼はすでに、セゴヴィア、ブリームのような大家の位置に近づいていると思う。そう言えばセゴヴィアがコンクールに出たらどうなっただろう。あの癖の強い演奏では本選にも残らなかったかも。そう考えるとJanさんが一位をとれなかったのも当たり前なのかもしれない。

一位のSUさんには来年コンサートツアーが与えられている。でも正直なところ、それを聴きに行く気はしない。これがJanさんなら絶対聴きに行くが。テクニック、音楽のどちらをとってもJanさんの方が完全に上だ。特に右手の音楽表現テクニックは、プロも含めて世界一と言ってもよいと思う。後はあくまで自分の音楽を貫くか、もう少し一般的に受け入れられる表現にするかで、世間一般でいう大演奏家になれるかどうかが決まるだろう・・・。

コメント

_ haru ― 2005/11/28 12:52

2日間のコンクール観戦お疲れ様でした。
今年は師匠も出ないし、そのうえ師匠から「土曜日レッスンやるよ~」なんていわれたので、パスしました。

私もここ何年かこのコンクール聴いてきましたが、審査員の評価はよくわからん!ことがありました。
ちゃんと音楽を勉強したわけじゃない私が「いいなぁ~」と思った演奏より「よくわからん」と思った演奏の評価が上だったことなんていっぱいあって・・・

体操競技などでもウルトラDなんて難技をいくつ入れるかで評価が違うように、音楽でも曲の難易度で決まってしまうのでしょうか?それはテクニックだけの???

う~わからん・・・
またいろいろ教えてくださいね

_ Sloopy ― 2005/11/28 22:17

SUさんの件、完璧な演奏をされたみたいでよかったですね。彼女はたしかにテクニックがすごかったので、今後が楽しみです。

本選では面白い演奏が聴けたんですね。僕は予選がテクニックの展示会だったので疲れちゃいました(T_T)

Janさんへの採点は、個人的には残念です。作者の意図を伝えるのはもちろん大事とは思いますが、それだけで評価するのは「つまらない」です。去年だったかな、その前年かもしれませんが、樋浦さんが超個性的なバッハを弾かれて、あまり良い結果になりませんでした。ただ、僕はその演奏がえらく気に入ってしまい(イロモノ好き!?)、いつかコンサートで聴いてみたいな、と思いました。
一度、演奏家の解釈が無下にされないコンクールを聴いてみたいです。(もしあれば)

_ カネちゃん ― 2005/11/28 23:03

Siyouさん、私のブログをトラックバックしていただき光栄です。東京国際に関するコメント、さすがですね。
私にとっては、目がきらきらするような内容で、感心して読ませていただきました。ベルギー大使館での演奏って昼間ですよね?行けるものなら私も行ってみたいのですが、無理ですよね?

_ siyoh ― 2005/11/29 01:30

haruさん、今年を聞き逃してはだめですよ。今までで一番面白かったのですから。

sloopyさん、SUさんはメカニック的には本当にすごいです。中国雑技団のギター部門かと言いたくなるほど。でも音楽は本当に一般的なもので、彼女らしさというのは感じられませんでした。
ちなみに私も樋浦君のバッハが好きです。彼は残念ながら来年から年齢制限に引っかかり出られないのですが、一ヶ月ほど前の演奏会はそれで何かが吹っ切れたのか、ここ5年間で一番いい演奏でした。

カネちゃんさん、ベルギー大使館の演奏は6時半からです。一人増えるくらいは大丈夫だと思うので、もし行かれそうならメールをください。ちなみにベルギー大使館は四ッ谷駅の近くです。

_ ゴンザレス ― 2005/11/29 07:39

会場では、親しくいろいろお教えいただきありがとうございました。若木先生ほかにもいろいろお聞きでき参考になりました。今年はお知りの痛みも軽かったようです。

_ ゾーさん ― 2005/11/29 17:35

ヤンのソナチネの演奏,なかなか軽やかで良かったと思います。味付けがオリジナルすぎて嫌われたのでしょうね。でもさすがにあの演奏技術があり,もっと技術的に劣った者がいたにも関わらず,6人の中で最低点!を付けたのは問題でしょう。感情的とさえ言えるでしょう。Juryは公明正大である必要はありませんが,
演奏者が納得できる付け方をしないと気の毒ですね。今後の評価方法がフィギュアスケートみたいに技術点と芸術点に分けて採点したら評価の形が見えてくるし,
総合点であまり極端な結果は出ないと思いますが。
どうでしょうか?

_ カネちゃん ― 2005/11/29 22:17

ご配慮いただきありがとうございました。
残念ながらメールが間に合いませんでした。
また、お得なイベントがありましたら教えてください。

_ siyoh ― 2005/11/30 00:15

ゴンザレスさん、またお会いできる日を楽しみにしています。
ゾーさんさん、初めまして。今日大使館の演奏会でギター製作の今井氏、黒澤氏、ホマドリームの菅原氏と会いましたが、そこでもこの話が出ました。実は小川氏に、鈴木氏に真意を聞くようにと勧めたのは黒澤氏でした。いくら好みが出るとはいえ最低点はあり得ないだろう、というのが黒澤氏の考えで、他の二人も同様でした。考えてみればEdwardさんなどは結構自由曲を弾ききれていなくて、かなりメカニック的にまずいところがありました。その人より下の評価というのはどう考えてもおかしいでしょう。各審査員の点数を技術点と芸術点に分けて見てみたいものですね。
カネちゃんさん、残念でした。考えてみればメールアドレスを知っているのだから、コメントに書かずそちらに送れば良かった。申し訳ありません。昨日は結構酔って帰ってきたので・・・。

_ na-ri ― 2005/12/01 00:52

こんにちは、na-riです
めっちゃ悔しかったですけど、コンクール見に行けなかった派です。
自分の後輩は何人か見に行かせたので、大体の様子は知っていましたが、
この記事、裏の事情まで書かれてあってとってもおもしろく読ませていただきました。ありがとうございます。

SUさんの優勝に多大な貢献をしたみたいですね。
驚きです。凄いですね。

Janさんは残念な結果でしたね。
自分の後輩も優勝すると確信していたようです。

こっちでは、審査員は若者を優勝させたいのだ、とか東洋人を上位に上げたかったんだ、という勝手な憶測が飛びかっていました。

やはり審査員は、普通の人とは全く違う観点で見ているんですかね。
減点対象は、課題曲にバッハの解釈、そしてソナチナかもしれないのですね。
難易度の件でしたら、ソナチネよりナルバエスやダウランドの方が遥かに「?」という感じですよね。
Janさんは、特に2年前の演奏が今でも忘れられません。これから是非とも活躍していって欲しいギタリストです。
濱田さんの意見も聞いてみたいですね。

_ siyoh ― 2005/12/01 18:31

ほんと。考えてみたらSamuelさんが弾いた「皇帝の唄」なんて、ソナチネよりはるかに易しいですよね。Artyomさんのファンシーだってそんなに難しくないし。ちなみにこのコンクールは、若い女の子を優先的に上位にする傾向がどうもあるような気がします・・・。

ところで来年のコンクール開催日はなんと平日。別に会場がいつも満員だから集客を減らしたいというわけでもないのになぜ。一般人は来るなということか。と思っていたら、さる人によれば予約をし忘れて土日をとれなかったそうで。

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