第50回東京国際ギターコンクール雑感2007/11/24 15:34

敬称略で書かせていただくのを許して欲しい。

<第二次予選>
今回私は、左右の手のタイミングの良さ、ダイナミックレンジ、ヴィブラート・右手タッチによる音色の変化を技術点として50点満点、それらを利用した的確な音楽表現に対して50点満点として勝手に採点していた。この観点から見ると、予選が終わった時点で、本選に残る可能性があると思われた人は7人。それ以外の本選出場はあり得ないという結果になった。その7人は下記の通り。最初の点数が私の点で括弧内はそれぞれ技術点と芸術点。その右にあるのは審査員による公式点数。

You WU   75(42・33)/221.5
Samuel T. KLEMKE 73(38・35)/209
Minh LE HOANG  71(33・38)/214
Pavel KHLOPOVSKIY 70(36・34)/220
熊谷 俊之   66(29・37)/208.5
Craig LAKE 64(30・34)/215.5
松田 弦  56(25・31)/206.5

こうして見比べてみるとSamuelとCraigでかなり、私と審査員票との間に違いが出ている。しかしSamuelが審査員に低く見られたことは理解できる。彼のタランテラは独特のテンポ変化を頻繁に伴っていて、全然オーソドックスではなかった。しかも本選を聞くと、このテンポ変化には音楽以外のある理由があることに気付き、予選で技術点38点をあげたことを悔やんだりしたが、それはまた後の話。とりあえずこの時点でその独特なテンポ変化のために低く評価されるのはありだろう。一方、Craigがなぜここまで高く、予選3位に評価されているのか、私はこの時点で理解できなかったし、現在でも理解できない。

ちなみに他の参加者を審査員の評点順に並べ、その右に私の独断評点を書いてみた。

中峰 193.5/26(13・10)
加治川 163.5/35(18・17)
出口 171/32(22・10)
稲川 164.5/28(16・12)
佐伯 163/40(15・25)
酒井 162/38(18・20)
菊池 159.5/25(20・5)
橋爪 158/41(21・20)
牲川 151.5/23(13・10)
大島 137.5/評点外(曲が仕上がっていない状態で出て来たようなので)
KaiPeiCHENG 126/評点外

見ての通り、かなり審査員と食い違いが出ている。しかし審査員によって8位になっていた中峰の演奏はよく覚えている。彼女は細かい音になると、音が出ていても出ていない、つまり団子状態にしょっちゅうなっていたのが非常に難点だった。こういった点が審査に影響していないのは不思議だ。
それ以外の食い違いを若干検討して行くと、どうやら若くて指が動けば、音楽性が育っていなくても上位に来る傾向があるように見える。また技術に関して、総合的に安定している人よりも、いいかげんなところがありながらもちょっとした速弾きをスムーズにできる、いわゆる「魅せる」演奏の方が予選では上位に来るように見えた。ただしそれはあくまで「下位の中の上位」であることを注意しておこう。ある一定線よりも技術ができていれば、質実剛健であっても上位に来るのは間違いない。


<本選>
演奏順に書いて行こう。

You WUーー彼は<「ヴェニスの謝肉祭」による変奏曲>から弾き始め、冒頭1分半くらいのところで曲をど忘れしてしまった。どうしても思い出せないのか、仕方なく最初からまた弾いたところ、また同じところが思い出せない。その後、少し飛ばして先から弾き始め、その後もずっと動揺が見られる演奏。ドメニコーニの「ランドスケープ」は彼の良さがよく出ていたが、バッハでは低音をやたらと弱く弾き、変なバランス感覚を見せた。課題曲の<フォリオス>も未消化といった感じ。ただ、フォリオス2曲目の冒頭をスムーズに弾けていたのは彼だけ。他の人は皆たどたどしく弾いていたところを見ると、ここは非常に難所なのだろう。そこを余裕で弾けるだけのメカニックがあるというのは、それはそれで素晴らしい。とは言え、彼のような直線的な表現は予選の短い時間では最高だったが、長い間聞き続けていると飽きてくる。


Samuel T. KLEMKEーー彼はベネットの<即興曲>で多彩な表現を見せ、非常に期待感をあおった。しかし<シャコンヌ><フォリオス>で相変わらず派手なテンポ変化を見せる。そしてそれは明らかに指の都合を考えているようだ。<シャコンヌ>の32分音符のスラーが続くところは、これでもかというくらい早く弾いて見せ、その音形がスラーでなくスケールになったとたんにかなり速度を落とす。原則として、音楽的に速くなってもいいところで、弾けるところだけは非常に速くする。また音楽に関係なく、弾けないところはテンポを抑えるといった作り方。そしてそれは、単に音楽を聴きたいものからすると、非常に不自然な作り方になっている。全体に破綻はなく完成度は高いものの、そうした「裏事情」が見えてしまう、そんな演奏だった。


Minh LE HOANGーー予選で<シューベルトのセレナーデ>をあふれるほどの音楽性で弾いた人。本選でもなかなか素晴らしかったが、<フォリオス>に関してはまだまだだった。またヒナステラの<ソナタ>も、見事に弾いてはいるがパッションがかなり足りないという印象。とは言え、スカルラッティの<ソナタ>はとても素晴らしく、レゴンディの<夢>を無難にこなし、この時点で優勝候補の筆頭となった。


Craig LAKEーーこの人は悲惨だった。彼が弾いた曲はどれひとつとして仕上がっていない。まだ人前に出せるレベルではなかったと言える。ちなみに音楽に関する知識はあるようで、<シャコンヌ>を少しバロックらしく弾こうとしていたのが若干印象的だった。ただその<シャコンヌ>は、音楽的にどうだと言えるようなレベルではない。単純に弾けていなかった。<フォリオス>も楽譜を見ながら、なんとか間違えないように音を出している、そんなレベルの演奏だったのだ。


熊谷 俊之ーーオアナの<ティエント>では早速深い表現を見せ、<フォリオス>は6人中最高の出来だったと思う。最後のコラールにはいるタイミング。それがしっくりと来たのは彼の演奏だけで、他の人の場合、なぜそこにコラールが来るのかが全然分からない演奏だった。その後<「ヴェニスの謝肉祭」による変奏曲><無伴奏チェロ組曲第6番よりプレリュード>、ヴィラ=ロボスの<エチュード8番、12番>を好演した。惜しむらくは、You WU、Minh LE HOANG、Pavel KHLOPOVSKIYと言った世界的な一級品のメカニックと比べると、ときどき不安定さが見えてしまうところだった。しかし今の彼の歳を考えれば、そういったものはこれからすぐ身に付いて行くだろう。


Pavel KHLOPOVSKIYーーこの人の<無伴奏チェロ組曲第2番よりプレリュード>は、今まで聞いたバッハの中でも最高の部類に属するものだった。正直この演奏は、広くクラシック界に誇れるものだろう。またレニャーニの<ファンタジア>も最高だった。ところが、<フォリオス><アラビア風奇想曲><祈りと踊り>では全然生彩がない。その理由として一つ、彼が19世紀ギターを使用していたのがあるのかもしれない。でもいくら19世紀ギターとは言え、もう少しまともな<フォリオス>にはならなかったのだろうか。バッハとレニャーニが素晴らしすぎただけに、その他の曲は「あれっ、どうしたの?」という感じだった。


ということで聞き終わり、私の独断採点は下記の通り。例によって右側は審査員の評点。

熊谷 俊之   74(35・39)/204.5
Minh LE HOANG  73(38・35)/206
Pavel KHLOPOVSKIY 72(40・32)/204.5
Samuel T. KLEMKE 58(28・30)/186
You WU    55(30・25)/184
Craig LAKE  46(23・23)/159


上位3人は私の中でも僅差だったので、それがひっくり返ったのは許容範囲。全く納得のいく審査だったと言える。ちなみに同点の熊谷とPavelに関しては、各審査員がどちらを上に付けていたかによって、6人が熊谷をPavelより上に付け、5人がその逆だったということで、熊谷が2位、Pavelが3位となった。

ここで各審査員の評点を見ていたら、いくつかの発見があった。実は今回の私の採点、濱田滋郎氏の順位と全く同じだった。これが自分にとっては非常に驚きだったのだ。なぜかというと二年前、Yanという素晴らしいプレーヤが出て来たときに、彼に6位を付けたのが濱田滋郎氏と鈴木一郎氏だった(http://spiritmusic.asablo.jp/blog/2005/11/27/157204)。ただ今回の不思議な一致と、先日のスペインギターコンクールの採点を見ていると、濱田氏は課題曲のみを非常に重要に考え、しかもスタンダードな表現しか許さないというスタンスで評価しているのではないかと思える。そう考えると多少異端とも言える、アヴァンギャルドな解釈をしたYanに関して私と完全に評価が分かれていながら、今回は全く一致したというのは理解できる。それはそれで、各審査員独自のスタンスとしては「あり」だろう。

さて、もう一人の鈴木氏の今回の評点はどうなのかと見てみると、一位から順に「Pavel KHLOPOVSKIY/Samuel T. KLEMKE/Minh LE HOANG/You WU/Craig LAKE/熊谷 俊之」となっている。

???。

不自然な音楽ではあっても、破綻もなく安心して聞けたということでSamuelを上にしたくなるのは、まあいいでしょう。私も予選では彼の「裏」を見抜けずに、非常に良いと思ってしまったし。ただ<シャコンヌ>を聞けばそれは一目瞭然だったし、<序奏とカプリス>では「ああ、ここで盛り上がって速く弾くべきところを、彼はまた突然テンポを落とすんだろうな」と思うと本当にそうなり、私はすっかり興ざめしていた。でもそれがいいと思える人がいても、それはそれで「あり」なのかもしれない。
You WUは元々非常にテクニックが高いから、忘れようが、あやふやになろうが、音楽が単調になろうが、とにかく上に持って来たいという気持ちも分からなくはない。仕上がって目の前に持って来られたもので比較せずに、その裏に潜むポテンシャルで評価するなら、You WUが熊谷より上に来るというのはギリギリ
「あり」かもしれない。ただそれなら、何でわざわざステージで弾かせるのかという気がするが。
というように、かなりの不満があるものの、ここまでは各審査員に許される独断と偏見の範囲として許されるかもしれない。しかし、

>>>なぜCraigを熊谷より上に評価できるのか?<<<

目の前に出て来た音楽にしても、そこから見える、その人がベストで弾けたらどうかという希望的な観測から判断しても、どう考えてもこんな順位が生まれる可能性はない。Craigに最下位以外の順位をつけたのは審査員11人中鈴木氏一人。今回のCraigはそれだけ一目瞭然の、素人が見ても明らかな最下位だった。では鈴木氏はいったいどんな基準で審査しているのだろう。

一昨年のYanの審査と今回の審査を合わせて考えると、鈴木氏の審査基準は「全く」分からない。そしてこのような審査をする人が、日本最高のコンクールにおいて本選審査員をしているという事実に、正直言って首を傾げてしまう・・・。