第29回スペインギター音楽コンクール2011/10/10 20:13

二次予選の課題曲は、タレガの《アラールの華麗なる練習曲》。数年前クラシカルギターコンクールの課題曲となったときと比べると、全体の技術が上がっていることを感じた。この小難しい一曲だけの課題曲を、大きなミス無しに弾き切るのはもちろんのこと、それなりに表情もないと、もはや本選に行けないようだ。

二次予選を聞いて、自分的に点数をつけた中から上位15人を選ぶとこんな感じ。

秋田勇魚
藤原盛企
門馬由哉
原秀和
中峰絵理果
藤澤みずき
五十嵐紅
伊藤亘希
谷川英勢
長祐樹
斎藤里枝
奥野隆
片根柚子
三次浩之
田中春彦

この中から本選に通ったのは最初の5人。そして6人目はなぜか、このリストにはいない、私は22番手でつけた森湧平だった。

ここで森を本選に通したのはまさにスペインギターコンクールらしいと言えよう。彼の演奏は、まず張り裂けそうなほどのフォルテでドカドカと始まり、ギターのまともな音を出すことはできないのではないかと思えるほど、つぶれ気味の音がずっと続いた。しかし同じフレーズがまた出てきたときには音量を落とし、まともな音も出せることを示してきた。その後も汚い音と普通の音が代るがわる出てきて、変に間を空けたり、一般的なクラシックの演奏から考えると非常に異端といえる演奏。なので私は彼を低く評価したのだが、誰よりも何かを強く表現しようとしていたのは確かだ。そしてそういった姿勢が評価されるのが、スペインギターコンクールの特徴なのかもしれない。

彼の演奏を聞いていてふと、クラシカルギターコンクールの際の笹久保伸の演奏を思い出した。笹久保が今回のコンクールを受けたら、あのときと同様な演奏をしても本選に残ったのかもしれない。逆に言えば、森が今回と同じ演奏をクラシカルギターコンクールでしたら、きっと本選には残れないだろう。それだけこの2つのコンクールは性格が違うと思う。

それはさておき、本選の感想に移ろう。

本選の最初は中峰絵理果。昔のようにガンガンと弾くのではなく、柔らかさが出てきているように思う。課題曲の、ソルの《マルボローの主題による変奏曲》では、ど忘れでちょっと大きなミスをしてしまったが、おおむね当たり障りなく進行していった。ただ、かなりあっさりした表現の中で、終始をやたらともったいつけて和音をずらしたりritをしたりするのは、説得力のないちぐはぐな音楽をやっている印象を与えていたのではないだろうか。
自由曲の《アルボラーダ》では、音楽とは関係のない、技術的な間が目立っていた。《ファンダンゴ》でも今ひとつ振るわず、若干焦り気味で一所懸命弾いている感じを受けた。

藤原盛企の課題曲は、最初は良い感じだったが、若干技術的に不安定な部分が見えたり、左手の雑音も少し気になる演奏だった。自由曲、トロバの《ソナチネ》は、バリバリと見事に弾いていたものの、この曲が要求する「粋」でおしゃれな感じが出ていなかったように思う。

秋田勇魚の課題曲は非常に良かった。全体に清楚な、決してやり過ぎない感じの表現。第三変奏ではとてもよいアーティキュレーションを見せていた。彼には他の出場者たちと決定的に違う所がある。それは「間」だ。彼の間のとり方は非常に自然で心地よく、まだ若いのに大人びた演奏に聞こえる。自由曲の《内なる想い》は、多少ほころびはあったものの、なかなかしっかりした演奏だった。

森湧平は予選の演奏から予測したとおり、とても独特の演奏だった。ルバートや極端な強弱などを多用し、これはもはや古典音楽ではなくロマン派の音楽と言えるくらい、終始自由に表現していた。自由曲《コンポステラ組曲》は今までに聞いたことのないほどガンガンと、プレビュードですらとにかく差し迫ってくる感じで、きめ細やかさとは無縁の演奏だった。

原秀和の課題曲は、何の工夫も見られなかったといっても過言ではないだろう。どういった音をレガートにして、どういった音をノンレガートにすると古典らしくなるか、和声をどう弾くと古典らしくなるのか、もっといろいろ考えて欲しいものだ。自由曲の《祈りと踊り》はもともと本人が消化しきれていないだろうと思われる演奏。また、随所にメカの不安も見えていた。

門馬由哉の課題曲はなかなかよかった。随所でとても古典らしいアーティキュレーションを見せ、いろいろな工夫もある。私としては非常に好きな演奏だった。《ファンダンゴ》《スケルツォ・ワルツ》では、少し音楽的に違和感を感じるところがあったり、仕上げが甘いと感じる所があったりはしたが、なかなかの好演だったと思う。


さて、全員を聞いてから私が出した順位はこれ。

門馬由哉
秋田勇魚
中峰絵理果
森湧平
藤原盛企
原秀和

しかし実際の順位はこちら。
秋田勇魚
門馬由哉
森湧平
藤原盛企
中峰絵理果
原秀和

秋田と門馬はかなりタイプが違い、お互いに相手にないものを持っている。この二人のどちらが一位をとっても納得だ。審査講評によると、私が気に入った、課題曲の創意工夫が、逆に審査員にはやりすぎだと嫌われたようだ。

中峰、森、藤原の順位が入れ違ったのも、まあ、そう言われてみればそれでもよいかという気がする。自分がつけていた点数で、この3人はほとんど点差がなかった。

ちなみに来年の本選課題曲は《アルハンブラの思い出》だそうで。再びクラシカルギターコンクールでとりあげられたばかりの課題曲。これは意識的に真似しているのだろうか。